新書、文庫で勉強する日本史

新書や文庫本で日本史の勉強を始めています。まだまだ入門者だと自覚していますが、私と同様の入門者の方や、高校生、大学生の参考になればと思っています。

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人間嫌いが特別な人だけに許される時代だったのだと思う~半藤一利氏の『荷風さんの戦後』(筑摩書房)

 しかし、いいなあ、永井荷風。
 これだけ、人間嫌いで、世の中とソリが合わず、反俗の姿勢を貫ける人生は、やはりうらやましい。
 ただ、ここで考えるのだが、人間嫌いというのは本当は多数の人がそうで、でも、みんな我慢して、努力して、なんとかやりくりしているのではないか。
 渡辺一史氏の『こんな夜更けにバナナかよ』で読んだ鹿野靖明さんの生き様を考えるのだが、彼もたぶん元来は人間嫌いだったのではないか。しかしながら、人間嫌いのままでいることは許されない環境だった、ということではないか。
 永井荷風が人間嫌いで、偏屈者、奇人変人と言われながら許容される社会や環境というのは、うらやましいものだ。そもそも、許容する「社会」があったということか。今や、人間嫌いのわがままな団塊の世代やその子どもたちが、社会性を習得することなく、我慢も努力もせずに、わがもの顔でのさばっている。誰も許容されたいが、許容しない。
 ということは、今の時代に、永井荷風のこのような性格を安易に吹聴するのはどうか、ということになろうか。

荷風さんの戦後 荷風さんの戦後
半藤 一利 (2006/09)
筑摩書房
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統一地方選が終わって一段落だが、さて、次は夏の参院選がどうか。石川真澄氏の『戦後政治史』(岩波新書)が面白い。

 統一地方選が終わって一段落だが、さて、次は夏の参院選がどうなるか。
 たぶん、自民敗北ではないか。一勝一敗などと言ってられないのではないか。
 石川真澄氏の『戦後政治史』(岩波新書)の「補論 民意の軌跡」(p.197~)は面白く、興味深い。
 そこで仮説として言われる、参院選での、保守党の得票と棄権票の相関関係(棄権が増えると保守党得票は減り、棄権が減ると保守党得票は増える)や、「亥年現象」(12年毎の地方統一選挙と参院選が重なる年は、たぶん地方議員が4月の選挙のあとサボッて督促しないから、棄権が多くなる)は、思わず納得してしまった。
 ちなみに今年はその亥年だが、今年の参院選は棄権が多く自民は負ける、かどうか興味深い。

 この、石川真澄氏の『戦後政治史』はその補論も面白いのだが、本論はどうかというと、1945年から1994年までの50年間の政治史をわかりやすく解説したものだ。
 様々な事件やエピソードもほどよく説明されていて、興味深く戦後史を勉強できるのではないか。戦後史を勉強しようとする大学受験生には、お勧めだろう。
 ノートをまとめたりするときに、参考書にすればよい。
 ただ、ついつい、ほう、ほう、なるほど、そう、なんて読み流すと(わかりやすく、興味深いだけにそうなりやすい)頭に入らないだろうから、岩波ジュニア新書の『昭和時代年表』などを見ながら、確認しながらしっかりと理解し、覚えていくことが大切だ。

 なお、「補論 民意の軌跡」(p.197~)は、選挙分析で大学受験には無縁だろうが、面白いので、若い人たちにも合わせて読んで、感想を教えてほしいものだ。


戦後政治史 戦後政治史
石川 真澄 (2004/08)
岩波書店
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「文藝春秋」2007年04月号の「小倉庫次侍従日記」

「文芸春秋」2007年04月号の「小倉庫次侍従日記」を読んだ。

昭和天皇の印象は、ほぼ確定したと言っていいのではないだろうか。
戦前の昭和天皇の態度は、非常に時代に即したもので、常識的なところと言うべきだろうが、戦後の政治的な意図からしばしば言われる「平和主義者」では、もちろん、なかった。
今回の小倉侍従の日記でも、昭和天皇がうまく行かない中国戦線を反省したり、言うことを聞かない大臣や軍人・官僚にいらだったり、勝てそうもない米英との戦争に躊躇したり、開戦直後の戦捷に喜んだりする様子が伺える。それは当時の元帥たる人の当然の態度であろうし、まことに普通の人、非英雄的な人物であったことを証しているように思われる。皇后との、「夫婦喧嘩」もあったのだろう。

すでに多くの研究がなされ、描かれてきた昭和天皇像を、補強するものであっても、書き換えるものではない。その意味では、「衝撃の新発見」というのは少しね(-_-;)


文藝春秋 2007年 04月号 [雑誌] 文藝春秋 2007年 04月号 [雑誌]
(2007/03/10)
文藝春秋
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大久保利謙の『日本近代史学事始め―一歴史家の回想』(1996/01 岩波新書)

大久保利謙の『日本近代史学事始め―一歴史家の回想』(1996/01 岩波新書)を読んだ。
 この新書を手にしたのは、タイトルどおりの内容について学びたいというよりも、やはり著者が大久保利通の孫という点で興味をもったことによる。実際に読むと、当然、中身はタイトルどおりの内容についてであって、大久保利通の話はほとんどなかった。
 それでも、利通の孫であり、侯爵家の人間らしい話はあって、それなりに時代と人の空気は感じられる。
 前に、犬養道子さんの『ある歴史の娘』を読んだことがあったが、それと学習院の話がある意味、共通する。すなわち、学習院の生徒の家族意識的なるもの(「家族」は「華族」の誤植ではない)。
 読みやすいので、時間があれば読んでもいいだろう。
 若き荒木貞夫の写真が見られる(p.5)のは、得した気分だ(~_~)



日本近代史学事始め―一歴史家の回想 日本近代史学事始め―一歴史家の回想
大久保 利謙 (1996/01)
岩波書店
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中里憲保氏の『北の球聖 久慈次郎―大リーガーと渡り合った悲運の名捕手』草思社 (2006)

 中里憲保氏の『北の球聖 久慈次郎―大リーガーと渡り合った悲運の名捕手』草思社 (2006)を読んだ。

 春の甲子園も近いし、つい面白そうなので手に取った本だ。
 久慈次郎さん、名前も存じ上げなかったのだが、素晴らしそうな人だ。
 それは、日本野球の黎明期の名捕手であったことや沢村栄次を育て(そうになっ?)たこと、また、長くがんばったことなどのせいもあるかもしれないが、やはりエピソード群の中から感じられる人柄の故だろう。
 時代は明治から昭和にかけてのことで、近代史の勉強になるかとも思ったが、それはならなかった(^_^;)

 著者に失礼にも言わせていただければ、これだけの素材なのだから、渾身の傑作に仕上げてほしかった。残念ながら、凡作に終わってしまわれたように思う。やはり、文章、あるいは筆力というのだろうか…失礼m(__)m


北の球聖 久慈次郎―大リーガーと渡り合った悲運の名捕手 北の球聖 久慈次郎―大リーガーと渡り合った悲運の名捕手
中里 憲保 (2006/12/15)
草思社
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『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫)

ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫)を読んだ。

著者ニコライ=カサートキンとは、ロシア人で、幕末から日本に来て、ロシア正教を布教した人物である。あの御茶ノ水の「ニコライ堂」という名称は、この著者ニコライにちなむものだ。

この本に訳された論文は、ニコライが1861~1869年の日本滞在の後、「ロシア報知」に掲載されたもので、原題は「キリスト教宣教団の観点から見た日本」だそうだ。
神道や仏教などの記述が多い。ロシア人宣教師が、当時の日本を、また日本の宗教状況をどのように見、同国人に説明しようとしたのか、よくわかる。

【気に入った一節を抜粋】
民衆は、自分たちの間に行われていた秩序になおはなはだ不満であったというのだ! 商人はあれやこれやの税のことで不満を言い(実際にはその税は決して重くはないのだ)、農民は年貢の取り立てで愚痴を言う。また、誰もかれもが役人を軽蔑していて、「連中ときたら、どいつもこいつも袖の下を取る。やつらは碌でなしだ」と言っている。

ニコライの見た幕末日本 ニコライの見た幕末日本
ニコライ (1979/05)
講談社
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今谷明氏の『武家と天皇-王権をめぐる相剋』(岩波新書)

今谷明氏の『武家と天皇王権をめぐる相剋』(岩波新書)を読んだ(読み返した)。


 おなじみ、今谷明氏の、なぜ天皇家は滅ぼされなかったのかシリーズの一冊。
 この本では、秀吉、家康以下の徳川幕府の、対天皇政策が明らかにされている。



 秀吉は、第三章のタイトル「秀吉の“王政復古”」にも明らかなように、天皇の権威を利用して天下人になったらしい。
 対して、家康は天皇の調停を拒絶して豊臣氏を滅亡させるのだから、もう一息だったのではないか。家康の神格化(東照大権現に祭る)に際して天皇の権威に頼らずを得ず、また、後に続く徳川幕府の面々が不甲斐ない…(-_-;)



 いや、天皇一族は滅びない。伝統と言うものの力か。


序章 「俄の御譲位」事件
2 秀吉はなぜ関白となったか―統一戦争と天皇
3 秀吉の“王政復古”-天下一統の論理とは
4 家康政権の“天下分け目”-関ケ原と大坂陣の間
5 宗教的権威への挑戦-神号と紫衣をめぐって
6 女帝騒動-後水尾天皇の反撃
終章 王権回復への道

武家と天皇―王権をめぐる相剋 武家と天皇―王権をめぐる相剋
今谷 明 (1993/06)
岩波書店
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犬養道子さんの『ある歴史の娘』

犬養道子さんの『ある歴史の娘』を途中まで読んだ。
犬養道子さんは、1931年の5・15事件で襲撃された犬養毅首相の孫である。1921年生まれとのことなので、5・15事件当時は10歳前か。
この本を書いたのは、「あとがき」に1977年の日付があることから、50代後半の頃かと思われる。

おませなお嬢さんだったようだ。
また、50代後半になっても、その気質には少女っぽさを残しているようで、本書にあまり歴史の勉強のためと思って期待すると外されるかもしれない。
出版元である「中央公論社はそのころ、昭和史をめぐる書物に力をいれはじめていた」ので、著者に執筆依頼もあったのだろうが、「中央公論社の狙いとはうらはらに、私は、書くなら、ただならぬ歴史の綾にまといつかれたひとりの少女の、魂の形成はどのようにして成されたか、そちらの方に重点を置いてみたかった」とのことである(p.543)

一応の昭和史の勉強の後に、息抜きに読む程度がいいのかもしれない。
例えば、石原莞爾などの認識など(p.277~)、まさに典型的な単純素朴のものであって、ご本人の「私は歴史学徒の名にすら値しないアマチュアである」(p.22)というとおりである。
ただ、例えば、学習院出身者の人間関係(p.123~)などは無下に否定することもできないだろうから、参考になる部分はあるだろう。
そうは言っても、この文体、執筆意図からして、相当の資料批判をしないと、これは歴史資料としては使えないだろう。
息抜きに読む程度がいいのかもしれないという所以である。


ある歴史の娘 ある歴史の娘
犬養 道子 (1995/12)
中央公論社
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司馬遼太郎『「昭和」という国家』

「昭和」という国家 「昭和」という国家
司馬 遼太郎 (1999/03)
日本放送出版協会

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 司馬遼太郎『「昭和」という国家』 (日本放送出版協会) を読んだ。
 先日読んだスズクラのことが引っかかって、司馬先生の日露戦争までは祖国防衛戦争で許せる、昭和の軍部は許せない、という考え方は、どうもすっきり納得できなかった。
 もちろん、スズクラを許せない、とすることは簡単だろうが、『言論統制』を読むとそうもいかない。

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佐藤卓己氏の『言論統制』

言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家 言論統制―情報官・鈴木庫三と教育の国防国家
佐藤 卓己 (2004/08)
中央公論新社

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 昭和10年代陸軍、特に参謀本部や陸軍省に勤めたエリート軍人などというのは、ぼろくそに言われているのが今日であるが、それも極端ではないか、と思うことはないだろうか。
 もちろん、当時は権力の中枢であり、佐藤賢了だったか、国会で代議士に向かって「うるさい、だまれ」だかなんだか怒鳴って平気であり、また許されてしまう存在である一方、国民を指導し、社会を統制していた。それなりの支持勢力があったわけだ。それなりというより、大勢の支持を得ていたというべきかもしれない。
 海軍を始めとして、国民ほとんど全体(変り身は素早い!)が、敗戦の責任を、ひいては開戦の責任も陸軍に押し付けようとして、とんでもない陸軍ということになったのではないか。
 昭和10年代陸軍、特に参謀本部や陸軍省に勤めたエリート軍人などを冷静に調査・分析すべき時期だろう。

 この厚めの中公新書、佐藤卓己著『言論統制』は、陸軍「少佐」鈴木庫三という人物の伝記といってもいいものだが、非常に考えさせられるものがあった。
 表紙のウラの紹介は次のとおり。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 言論界で「小ヒムラー」と怖れられた軍人がいた。情報局情報官・鈴木庫三少佐である。この「日本思想界の独裁者」(清沢洌)が行った厳しい言論統制は、戦時下の伝説として語りつがれてきた。だが、鈴木少佐とはいったい何者なのか。極貧の生活から刻苦勉励の立志伝。東京帝国大学で教育学を学んだ陸軍将校。学界、言論界の多彩なネットワーク。「教育の国防国家」のスローガン。新発見の日記から戦時言論史の沈黙の扉が開かれる。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 もちろん、鈴木庫三についてこの小冊子のみを基に意見を述べてもしようがないだろう。鈴木庫三を論じるにはさらに今後の調査や日記の公表などを期待したい。

 読む価値のある本だと思う。

 それにしても、石川達三という人間は最低の人間だなと嫌悪感で気が滅入った。
 中央公論新社はえらいな。

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佐々木克『岩倉具視』

岩倉具視 岩倉具視
佐々木 克 (2006/01)
吉川弘文館

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 岩倉具視が非常に印象良く描かれている。
 通常では、やはり「陰謀家」のイメージがあるのではなかろうか。
 本当の岩倉具視がどのようだったかは、一概には判断できないと思うが、王政復古前の公家社会での苦労や、維新後の大久保たちとの調整の苦労はなるほどと思わせるものがある。
 歴史上の人物の見直しという点では一読の価値はあったか。

 摂政関白の廃止というのは、考えてみれば、大きなことだ。
 ついつい、明治維新、王政復古の中で当り前のように受け止めていたが、どうしてこのような大革新が可能だったのだろうか。
 この朝廷改革は、もう少し勉強しても面白そうだ。

 この幕末の朝廷での権力闘争というのも、なかなか興味深い。
 安政5年の列参(許可なくして直接参内して意見を述べる行動)と、慶応2年の列参の、それぞれの背景事情や成否の別の理由など、興味深いではないか(p.16~、p.94~)。
 人物としては、鷹司政通(たかつかさ・まさみち)は、文政6(1823)年に関白に就任、安政3(1856)年には辞任し、九条尚忠に譲るが、ほぼ34年も関白の地位にあった政通は朝廷で大きな権力を持ち、佐々木克氏の言うには、「朝廷・公家社会の最高権力者として君臨して、天皇の力さえしのぐ程の実力者であった」というが、関白辞任後も太閤として影響力を振るった(p.9~)。
 関白・左大臣二条斉敬、朝彦親王と、内大臣近衛忠房や晃親王の4人体制は、元治元年から王政復古の政変の直前までの長期政権だったらしい(p.91)。

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