新書、文庫で勉強する日本史

新書や文庫本で日本史の勉強を始めています。まだまだ入門者だと自覚していますが、私と同様の入門者の方や、高校生、大学生の参考になればと思っています。

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人間嫌いが特別な人だけに許される時代だったのだと思う~半藤一利氏の『荷風さんの戦後』(筑摩書房)

 しかし、いいなあ、永井荷風。
 これだけ、人間嫌いで、世の中とソリが合わず、反俗の姿勢を貫ける人生は、やはりうらやましい。
 ただ、ここで考えるのだが、人間嫌いというのは本当は多数の人がそうで、でも、みんな我慢して、努力して、なんとかやりくりしているのではないか。
 渡辺一史氏の『こんな夜更けにバナナかよ』で読んだ鹿野靖明さんの生き様を考えるのだが、彼もたぶん元来は人間嫌いだったのではないか。しかしながら、人間嫌いのままでいることは許されない環境だった、ということではないか。
 永井荷風が人間嫌いで、偏屈者、奇人変人と言われながら許容される社会や環境というのは、うらやましいものだ。そもそも、許容する「社会」があったということか。今や、人間嫌いのわがままな団塊の世代やその子どもたちが、社会性を習得することなく、我慢も努力もせずに、わがもの顔でのさばっている。誰も許容されたいが、許容しない。
 ということは、今の時代に、永井荷風のこのような性格を安易に吹聴するのはどうか、ということになろうか。

荷風さんの戦後 荷風さんの戦後
半藤 一利 (2006/09)
筑摩書房
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中学生向けにやさしく書くということは難しいことだ。~沢寿郎氏の『鎌倉史跡見学』(岩波ジュニア新書)

 沢寿郎氏の『鎌倉史跡見学』(岩波ジュニア新書)を読んでいる(パラパラ見ている?)。

 たぶん、著者は中学生を主な読者に想定し、文章を書いているのだろうけれど、そこで大きな勘違いをしている。
 小学生低学年のような場合には、昔話のようにストーリーテリングによって歴史を語ることは有効だろう。
 しかし、たとえば、「兵糧米を徴収することを奏請しました」とか、「全国の警察権と土地管理権とを手中におさめる」とかの歴史を記述するとなりに、「ところが頼朝にとっては、このように朝廷が恐怖におびえ狼狽しているのが、(中略)絶好の機会でした」とか、「さて、いくらさがしても義経は行方が知れません。(中略。静に)なんど問いただしても、義経とは吉野山で別れたきり行方は知らない、と答えるばかりです」とかの表現は、やはり勘弁してほしい。

 と言いながら、内容は鎌倉時代の政治史と宗教をコンパクトにまとめており、最初にパラッと読むのにはいいかもしれない。いや、他にもっといいのがあるかな。

鎌倉史跡見学 鎌倉史跡見学
沢 寿郎 (1979/01)
岩波書店
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普通人にとって障害者の問題やボランティアの入門書に最適か~渡辺一史氏の『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(北海道新聞社、2003)

 渡辺一史氏の『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』(北海道新聞社、2003)を読んだ。

 感動する本だ。
 重度身体障害者である鹿野靖明という人物の凄まじさとボランティアとの関係は、それだけで人を感動させるものだろうが、この著者を得ることによって、よりよい表現として世に出たというべきだろう。
 障害者の問題やボランティアというのは難しいもので、しばしば美談や建前論に堕してしまうこともある。しかし、この渡辺一史氏のスタンスは非常に常識的であり、率直に事態に対峙したことにより、共感できるものになっている。

 編集の段階でもう少し練り上げていたら、大傑作になっていたのかもしれないが、いや、これはこれでいい本だった。

こんな夜更けにバナナかよ こんな夜更けにバナナかよ
渡辺 一史 (2003/03)
北海道新聞社
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